コインランドラーの憂鬱
しっとりとした小雨の中、いつもの決まったランニングコースを、いつもとは逆の方向へ走っていると、
以前レンタルヴィデオショップだった建物が、
いつの間にか、こざっぱりとしたコインランドリーへと生まれ変わろうとしていた。
一切の棚が取り除かれ、一見コインランドリーには不必要に広すぎる店内には、
淡い緑色で飾り気の無い洗濯機が、静かに何台も肩を並べている。
通り沿いに大きく開かれたガラスの壁面には、半分剥がれてしまったチラシが一枚貼ってあり、
その紙には -(半分は推測であるが)- オープニングスタッフ募集の文字が並んでいた。
そのメッセージを受け僕は、先日出会った求職中の可愛い女の子の姿を想う。
彼女はガラスの向こうから僕に微笑みかける。白くて綺麗な肌、真っ白な制服、白いお店。
それは決して悪くない光景に思えた。だけど僕は少し切なくなった。
そして、働いている今の会社を辞めて、コインランドリーで働き始めたら自分はどうなるのか、
家族はどう思うだろうか、と思いを巡らしてみる。
でも、そこで少し疑問に思う。
そもそも僕がコインランドリーを思い浮かべた時、そこに店員なんてものはいないのだ。
そう、コインランドリーは多くの場合、無人だ。
有人ならば、コインの投入口は必要無く、店員へお金を手渡せばそれでいい。
コインランドリーは、コインを手渡さずに事を済ませることができる公共のプライベート空間だ。
そこにコインランドリーの、コインランドリーらしさがある。
クリーニング店とコインランドリーは兄弟でも親戚でもない別の世界の生き物なんだ。
それなのにコインランドリーのスタッフ募集とは、いったいどういうことなのだろう。
そこから僕は、コインランドリーの持つ可能性について考えてみることになる。
まずはあの味気ない、可愛い気の欠片もない店内を、鮮やかに彩ってみる。
そして、ポップに彩られた洗濯機と乾燥着を横目に、白い丸テーブルと背の高い椅子。
木目調のローテーブルには、質感の良いソファ。そこでは時間がとてもゆっくりと流れだす。
静かで優雅な音楽はどこからともなく空間を漂い、
併設のカウンターではお姉さんが静かに美味しいコーヒーを入れてくれる。
コーヒーの薫りと豊かな音楽、あと一つ必要なもの。それは本。
店長である僕の趣味で集められた世界各地の本が本棚をぎっしり埋め尽くす。
人々はそこで疲れた服と共に気持ちをも綺麗に洗い流す。
何が目的だろうとそんなことは関係ない。コインランドリーには全てがある。
コインランドリーはコインランドリーの枠を越える。そこから新しいブランドが生まれる。
その活動はコインランドリーの枠を越える。コインランドリーは世界を越える。
僕はコインランドラー。
コインランドラーは世界を越える。
by I_love-JESUS | 2010-02-15 23:48